筋トレ論

【マッスル北村】「僕には時間が無いんだ」が口癖で極度な減量により餓死した伝説のボディービルダー

減量がストイックすぎて事実上の餓死?

マッスル北村は凄まじい探求心により、自分の限界を見てみたいとストイックな減量により餓死したことで有名です。ボディービル・テレビ出演でも活躍されていました。

私はマッスル北村の他の追随を許さないボディービルへの思いや、ボディービル以外にも人生における考えに尊敬の念を持ちました。

今回は私が尊敬するマッスル北村について紹介したいと思います。

マッスル北村のプロフィール

本名:北村 克己(きたむら かつみ)

生年月日:1960年10月6日

享年:2000年8月3日(39歳)

出身:東京都

身長:173cm

体重:ボディービルを始める前    :55kg

ボディービル日本チャンピオン時:115kg

 

職業:ボディービルダー・タレント

成績:

1983年(昭和58年) ミスター関東学生大会 優勝
1984年(昭和59年) ミスター関東 優勝
1985年(昭和60年) ミスター東京 優勝
1985年(昭和60年) ミスター全日本実業団 優勝
1985年(昭和60年) ミスターアジア ライトヘビークラス 優勝
1986年(昭和61年) ミスターパシフィック 優勝
1986年(昭和61年) ミスターオールジャパンチャンピオンシップス 優勝
1990年(平成2年)WABBA世界選手権 世界4位入賞
1999年(平成11年)WABBA 太平洋世界選手権 総合優勝
1999年(平成11年)NPCトーナメント・オブ・チャンピオンズ ヘビー級3位入賞
2000年(平成12年) 8月3日 世界戦に向けた減量により、死去

驚くほど高学歴だった

東京学芸大学付属高校(国立・2019年度の偏差値77) 卒業

防衛医大学校・早稲田大学理工学部 現役で合格するも、入学はせずに浪人の道へ

東京大学 理科Ⅱ類 2浪で合格するも中退

東京医科歯科大学 医学部 中退

 

好奇心旺盛な人はやはり頭脳明晰な傾向があるのですね。探求心が強すぎるがゆえ、やりたいことが多すぎて大学を中退していました。それほどボディービルには彼にとって魅力的なものだったと感じさせられました。

彼にはボディービルが人生だったのでしょう。

浪人時代にボクシングを始める

東京大学に向けた浪人時代に古本屋に立ち寄ったついでに、あしたのジョーを読み始めます。漫画の影響を受けて、ボクサーの道を志しました。

駿台予備校に籍だけを置いて、ボクシングに熱中し始めます。本人曰くボクシングで一旗揚げて、財産を築いてから勉強なり好きなことをしたかったようです。

しかし北村は「人を殴れない」ということに気づいたようです。パンチが相手の顔に当たると痛いという相手を思いやる気持ちからでした。

ボクシングのパンチ力を他社から認められるほどの才能を有していたにもかかわらず、人間に対してはその才能を発揮することができなかったそうです。

東京大学は1週間しか通っていない

東京大学駒場キャンパスに向かっている中、大学には向かわず代々木公園で縄跳びやランニングなどのトレーニングを一日中行っていました。

この当時は何かの世界チャンピオンになりたかったそうです。そのために、身体的に鍛え上げていました。

東京大学を親に黙って、退学します。

3年後に東京医科歯科大学に入学

当時、人生の3本の柱を立てました。

①肉体的限界

②知的限界

③精神的限界

孤独で肉体的に強い自分に満足することなく、人にために役に立つことをしたいと願っていました。その結果、医者を目指し東京医科歯科大学に合格します。

しかし、5年後に東京医科歯科大学を中退します。その後、親の笑顔が家庭から無くなったそうです。

ボディービルとの出会いは東大ボディービル・ウェイトリフティング部の先輩の薦めから

東京大学時代はプロボクサーを目指して、トレーニングをしていためたいボクサー体型でボディービル大会に出場し惨敗します。

この悔しさからボディービルに集中し始めます。

その後わずか10カ月で55kgだった体重が96kgまで増加し、関東学生選手権で余裕で優勝します。

ささみをミキサーにかけて飲む。その名はマッスルシェイク!

マックシェイクならぬ、マッスルシェイク。

レシピは冷凍ささみ300g、バニラエッセンス10滴、人工甘味料、水をミキサーに入れ混ぜ完成です。

本人曰く、「最高!!鶏のささみだと全然わからない」とおっしゃっています。

いや、わかるでしょ!!とツッコミを入れたくなります。

飲み干したあとは、鼻の息を止めて味がしないようにしている風に見えたので、くそまずいに決まってます。

鳥もまさかミキサーにかけられて、飲まれるとは思わないでしょう。

20kgの急激な減量の結果、餓死。

2000年8月3日のボディービル世界選手権に向けた減量での出来事でした。

体についた脂肪を落とすために20kgの急激な減量により、低血糖状態でそれに伴って急性心不全によって息を引き取りました。

39歳で人生の生涯を終えました。彼ほどに生きる意味を考えて生きてきた人が、39歳で亡くなるなんて悲しすぎます。

実は、亡くなる数日前にも低血糖状態になり倒れたマッスル北村は、救急車で運ばれており一命をとりとめていました。

この時マッスル北村の妹が心配して、「めまいがしたら飴をなめて。飴一個でいいから」といったものの、

マッスル北村は「ぼくは、そんなわずかなカロリーすら摂取したくないんだ」と断った見たいです。

死を持ってまでして、ボディービルは魅力的なのでしょうか?私にはわかりません。

ですが彼は学生時代にたてた、三本の柱である精神的・肉体的な限界を追求した結果を一貫して突き詰めていことに、驚かされました。

この時の体脂肪率は3%だったそうです。当然、マッスル北村を収容できるサイズの棺桶はなく、特注の棺桶を火葬場に送れることになりました。

亡くなってなお、私の心の中で生き続けている彼の人生は間違いなく私の人生に役に立っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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PANDA君
月間3万PVの筋トレブロガーです。 筋トレ・サプリメント・筋トレグッズ・ブログ運営初心者など様々なジャンルの記事を執筆しています。 ネット上にあるくだらない読み物として認識してもらえれば喜びます。
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